中村史子

体積の裏側 APMOA / 愛知県美術館
2011.2.15 – 4.17

彫刻を裏返す

 冷ややかな光を放つ蛍光塗料。静かにうなる扇風機。垂れた接着剤。ふわふわと揺らめくポリエチレンシート。大西は日常的な工具、電化製品をそのまま組み合わせ、人間のスケールを超えた大型の立体作品を作る。ある時はポリエチレンシートが真っ白な空間の中、 風をうけて浮上し、ある時は蛍光色に輝く紐が暗闇に伸び縮みする。こうして大西の作品 は一定期間、展示空間を柔らかく満たし、その後は跡形もなく解体される。 このように大西はフラジャイルで仮構的な表現方法を用いるが、それにも関わらず作品 全体は散漫なものとならず、むしろスペクタクルに陥るぎりぎりの際で求心力を保っている。それは大西の作るものがあくまで「彫刻」であるからだ。大西は近代以降の彫刻概 念によって立ち、そのうえでそれを積極的に誤読しているように見える。
 実際、作品を眺めると、近代彫刻において重要とされる概念「重量感」「動勢」「形態」などが独自の方法で読み替えられているのが分かる。例えば、大西の作品は物理的な量はあるものの内側が空洞のため塊は備えていない。また、彼は扇風機や鉄道模型のモーターを使 用するなどあまりに直截的な手段を通して彫刻に動きをもたらす。けれども、この機械的 で単純な方法がかえって作品にあっけらかんとした明晰さを与えているようだ。一方で、 わずかな空気の震えをも感じ取って振動する軽量素材の作品シリーズにも注目したい。 これらの試みにおいて大西は彫刻特有の堅牢さや永続性を放棄し、「動勢」を実際の運動に 置き換えたと言えるだろう。さらに、作品の形態そのものも周囲との相互関係や動力シス テムに応じて形作られ、それ自体としては確かな実体を備えていない。知覚する瞬間ごと、知覚する場ごとに形態が更新される。
 こうして大西は古典的な彫刻概念を一つ一つ取り出しては自らの立ち位置に即して解釈し、一般的に造形化しづらいもの − 現象や気配とも呼ぶべきもの − を浮かび上がらせよ うとする。緊張と弛緩、浮遊感と重力、それらを往還する中で徐々に息づき始める独特の 気配、それを捕まえるのだ。 本展の出品作「体積の裏側」は空白を定着させる作品だ。天井より垂れ下がる接着剤とポリエチレンシートによって余白部分を知覚化させ、中心の空白の強度を高める。通常、ブロンズ像の鋳造の過程では凸凹が像と反転した鋳型を用いるが、大西は展示室全体を鋳型に してしまおうと考えているのだろうか。その仮の鋳型に流し込まれるのは私たち鑑賞者な のだろうか。「体積の裏側」とは実体部分と余白部分との反転を意味するタイトルだが、 いつしか私には大西が彫刻概念そのものを裏返そうとしているかのように見えてくる。 二重、三重の転換の末、一体彼は何を見いだすのだろう。

愛知県美術館 学芸員 中村史子