尾形 絵里子

虚実の距離 / 高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.09 時どきどき想像 / 高松市美術館, 高松
2020.10.31 – 12.13

 大西康明は普段意識しないものや目に見えないものを、非常にシンプルな素材を用いてインスタレーション的手法により表現する。

 会場には直径220~270cm もある半透明のポリエチレンシートの袋が不規則に10 個配置された。袋の下、床面には、空の食器類が敷き詰められ、袋の真上や周辺には、米や大豆の入ったチューブ状の袋が天井(高450cm)から垂れ下がっている。袋はその内部にあるファンにより空気が送り込まれ少しずつ膨らんでいき、その高さは220~360cm に及ぶ。膨らんだ袋は天井から吊るされた米や大豆を飲み込み、袋が縮んでいくと、米や大豆が再び姿を現し、食器が袋越しにぼんやりとした状態で浮かび上がる。インスタレーションのタイトルは《虚実の距離》だ。ここでの虚実とは、〈在る状態〉(presence)と〈無い状態〉(absence)を意味する。

 これまで大西は、接着剤や日用品、樹木などを用いて作品を制作しており、米や大豆といった食べ物を取り入れるのは初の試みだ。米は炭水化物、大豆はタンパク質として、日本人に身近な栄養物である。しかし、〈食〉に関する作品自体は初めてでは無い。2008年、デンマークのアーティストインレジデンス「Sølyst Artists in Residence Centre」で発表した《日々の距離》は、テーブルに置かれた食器とランプシェードの間を半透明の袋が行き来する作品であり、本作の前身といえる。大西は初めて異国の地で異なる文化圏の人々と共に生活し制作するなかで、毎日同じことの繰り返しに思えても全く同じ日は1日として無いこと、そして、日々生きる上で〈食べること〉が根幹にあることを改めて感じた。未知のウィルスが猛威を奮った2020 年、大西は12 年前と同様に生活することと表現することについて考えざるを得ない状況に直面した。そういった日常の姿を取り入れたのが本作である。

 一見すると、冒頭で述べた一連の動作がただ繰り返されているだけのように見えるが、ポリエチレンシートを膨らませたり縮めさせたりする〈空気〉に目を向けてみる。空気がゆっくりと袋の中へ流れ込んでいき、充満した後、徐々に外の空間へと排出され、そして、新たな空気が入りこむ。このように、作品は刻一刻と変化し続けており、同じ状態が一瞬として無いといえる。そして、目には見えない空気が確かにそこに在ることに気づかされる。一方で、私たちが生きる上で欠かすことのできない食器類や食べ物は、ポリエチレンシートに覆われているため、ほとんど常にぼんやりとした輪郭で、はっきりと見ることができない。このように、目には見えないものが可視化され、逆に身近な存在のものが曖昧にしか見えなくなっており、普段意識しない〈在る状態〉と〈無い状態〉がイレギュラーな状態で提示されている。

 この不可思議な現象によって、私たちは自分たちを取りまく、見えない数多の力や関係性について意識し考えさせる。例えば、食器の上でうねるポリエチレンシートが稜線に、伸縮する袋が生物に見えたり、〈種子〉でもある米と大豆に連綿と受け継がれる命を連想したり―「人が想像する能力は果てしなく無限大」であり、インスタレーションをきっかけとして、〈無い状態〉に想像を注ぎこみ、何か〈在る状態〉にしてしまうのである。大西の作品は「想像力を働かせる場」や「世界を裏側から見るような場」なのである。

展覧会カタログより抜粋
高松市美術館 学芸員 尾形 絵里子