藤田瑞穂

垂直の隙間 KAC / 京都芸術センター
dreamscape −うたかたの扉
2013.8.3 − 9.16

 部屋に入るなり目に飛び込んでくる白い造形物。逆さに吊られた木の枝から、何物かが地面まで垂直に落ちている。その隙間から仄見える黒い壁。まずはこの圧倒的な光景に目を奪われることだろう。近づいてみると、地面に向かって落ちているそれが、そして木から地面までが、繊細な無数の結晶で覆われていることがわかる。

 大西康明は今回の展示で、黒い接着剤でポリエチレンシートを吊って何かの形を模るという近年の作品手法ではなく、そこから発展した新たな表現に挑戦した。ホワイトキューブだけれど、かつて教室だった面影も何となく残る特徴的な空間である京都芸術センターのギャラリーに、尿素の結晶を用いた白い光景が広がる。木の枝から地面まで垂れ落ちた半透明の接着剤に、尿素の飽和水溶液を吹き付けたものだ。これまで、地面から浮き上がっている、もしくは浮き上がる造形物を数 多く手がけてきた大西だが、今回は接着剤が完全に地面まで落とされている。そして、その上を結晶で覆うことで、地面とのつながりはより強調されている。木の枝が吊られることで提示される〈逆さまの世界〉と、現実の世界とを埋めるこの結晶という素材は、大西にとってコントロールできない〈現象〉を象徴する。この〈現象〉と、木の枝を吊るし、その枝に接着剤をからませて地面まで落とす、という〈行為〉。あるいは木の枝の有機的な曲線と、垂直に落ちる接着剤の描く直線。結晶の白と部屋の奥の壁一面に貼られたパネル作品の黒。〈逆さまの世界〉という非日常と、我々がいまここに立っている日常世界。幾重にも折り重なるコントラストが、この作品のタイトルである「垂直の隙間」に見え隠れしている。

 壁面のパネルもまた、大西にとって初の試みとなる大型平面作品である。黒い接着剤で表面を塗り、その上からグラファイトの粉末で覆う。さらに、熱を加えたグルーガンの先で表面を引っ掻くことにより、光沢を帯びた表面から再び黒い接着剤の色を出現させたり、表面についた凹凸の中を彷徨いながら、黒い接着剤を新たに付着させたりといった〈行為〉の痕跡を残す。そして、またその上から熱を加えて痕跡を溶かすという〈現象〉を発生させる。ここでもまた、大西は〈行為〉と〈現象〉の間を行き交っている。今回の作品が過去作から大きく変化したのは、単に新しい素材を使用したというだけではなく、日常のなかで起こる目に見えない現象を可視化するという〈行為〉の産物としての作品から、〈現象〉そのものをも作品に内包している点にもある。これまでにもさまざまな素材を用い、その可能性を追求してきた大西。彼は、もはや素材と向きあうだけでは飽き足らず、関心を次の次元に進めつつあるのかもしれない。尿素の飽和水溶液が生む結晶は湿気で不安定になる。崩れてしまうかもしれないという危ういはかなさと、力強い表現との絶妙なアンバランスが、空間に広がる光景の非日常性を増している。

京都芸術センター アート・コーディネーター 藤田瑞穂