小金沢 智

自然の理
個展 垂直の隙間 GOP / Gallery OUT of PLACE, 東京
2014.2.27 – 3.23

 大西康明(1979-)の作り出す造形は、なにか具体的な事物の表彰が目指されているわけではない。本展のためにギャラリーで制作されたインスタレーション《vertical emptiness GOoP》(2014)は、天井から吊るしたワイヤーに接着剤(グルー)を垂らし、それに尿素を吹きかけることで作られる尿素結晶を素材にしたものだ。白い結晶は、ワイヤーを装飾するだけではなく床面にも多数連なって空間を侵食し、かつ、尿素が床面の木材の色を吸い込む事によって変色もしていく。 全体を視界に入れたとき、結晶をまとったワイヤーはさながら樹氷のようで、眼差しを近づければ、そこかしこで生成されている複雑な結晶の姿を見ることができる。また、結晶の生成は窓が複数設置されているギャラリー壁面にも展開し、空間全体がそのための温床のようにも見える。

 京都市立芸術大学大学院美術研究科で彫刻を専攻した大西の作品は、彫刻に対する強い言及性を備えている。それは大西が、彫刻というジャンルが想起させる重力を伴った「重さ」からは対照的な、「軽さ」を作品で重視していることからも見てとれるだろう。すなわち、大西の作品はひとつの固体としてのヴォリュームを備えていない。というよりも、ヴォリュームを持ってしまうことを忌避しているようだ。つまり、《vertical emptiness GOoP》の特徴として、多数のワイヤーと付随する結晶が全体を立体的に構成してひとつの形を作りながら、それぞれの要素が個としても存在しているという点が挙げられる。ここでワイヤーはまるで絵画における線描のごとく、ひとつひとつが有機的に絡み合いながらも個々で独立した運動性も孕んでいる。「vertical emptiness」(垂直の隙間)とは、全てが接着しない=隙間があるからこそ生まれる運動のことを言っているのではないか。

 大西のこういった「軽さ」への思考はしかし、「重さ」と敵対するものではない。これは、はじめて《垂直の隙間》が発表された展覧会「dreamscape −うたかたの扉」(京都芸術センター、2013年)での出品作品がより顕著であり、その際大西が使用したのはワイヤーではなく木だった。木々を天井から逆さまに宙づりにし、夥しい分量の接着剤を垂らし、尿素を吹きかけることで、木々から滴り落ちるようにできあがる軌跡は「線」としての連なりを持って床面と繋がっていく。大西の作品は「隙間」を備えた「軽さ」のあるものだが、それは「重さ」が世界に存在していることを前提として作られている。

 本展で展示されていたのはインスタレーションばかりではない。黒い接着剤で表面を塗り、その上からグラファイトの粉末で覆い、熱を加えながら表面に凹凸をつけた平面作品(《exchange of surface GOoP#1》など)は、白く繊細なインスタレーションとは対照的な黒く不均質な画面によって見るものに強い印象を残す。しかし、それらも《vertical emptiness GOoP》と同様の、現在の大西の制作におけるひとつの態度を明らかにしている。それは、すべてにおいて自身のコントロールがきくわけではない、自然現象を積極的に作品に取り入れているということである。温湿度の変化によって結晶が崩れ、熱のコントロールを誤る危険も伴いながら、しかし大西がそのような方法を探るのは、自然の理(ことわり)を信頼することから生まれる造形の豊かさを心得ているからに違いない。

ギャラリー 2014 vol.4(348号)p72-73 評論の眼
世田谷区美術館 学芸員  小金沢 智