中井康之
体積の裏側 NMAO / 国立国際美術館 大阪
2011.10.4 – 12.11
世界制作の方法
芸術家には、我々が普段目にすることのできない事象を形象化する役割を果たす面があるだろう。例えば、2009年に国際芸術センター青森で発表した大西康明の作品、《体積の裏側》の不穏な形状が我々を魅了してやまないのは、単に美的な観点だけではなく、我々の置かれている状況を見事に具現化していると考えることもできるからである。近年、連鎖的に引き起こされた中東の民主化革命はネット革命であったと言われているが、人々が目にすることのない、しかしながら現実には巨大な存在と化したインターネットによる重層化した情報網を、もし仮に視覚化するとすれば、接着剤によって作り出された不定形な線材が複雑に絡みながら巨大な何ものかを包み込むような大西のその作品の形姿は極めて相応しい。あるいはまた、本年発生した東日本大震災を考えても、人知を超えた自然の驚異に対する畏怖心、それに伴い発生した原子力発電所の崩壊による放射能への恐怖心といった精神的な状態を具現化している、という見方ができるかもしれない。
もちろん、大西が巫女的な能力を持つと主張するものではない。それどころか、大西が大学卒業時に制作した《ガワ(環)》(2001)という作品、それは円環状に並べた輪切りにした丸太の表面に数百枚もの鉄板を溶接して貼り付け、木部を燃焼して残った鉄の抜け殻のようなものであるが、その制作行為は実直に彫刻の本質について探求するものであったろう。しかしながら、実はこのとき既に大西は、視覚経験と実体的な存在の違いという美術表現に於ける根本的問題に突き当たってしまった可能性がある。その当初は金属の線材によって事物の構造を見せるような作品を手掛けたものの、鉄製の箱の表面をグラインダーによって火花を散らした状況を長時間露光によって撮影した作品《闇事8》(2003)や、積み重ねた箱に蛍光シールを貼り付け、明暗の変化によって全く異なる様相を表す作品《闇を視る》(2004)等を手掛けるのである。そのような過程を経て、2004年中には蛍光シールを貼り付けた袋状のポリエチレンシートにファンを取り付け、暗い室内で仄暗い光が蠢くような作品を制作し、後にそのタイプの作品によって2007年に岡本太郎現代芸術賞を受賞する。しかしながら、そのようなトリックを凝らした作品を繰り返すことによって、視覚と存在の差違自体の持つ問題の探求を忘れてしまった小グループが嘗て在ったが、大西自身はその危険性に気づき、通常の明るさの展示室内に置かれた日用品に袋状のポリエチレンシートが覆って、それが膨張と収縮を繰り返すことによって表情を変えるような作品《日々の距離》(2008)へと軌道を修正する。さらに大西は、その動作による視覚的効果を、接着剤によって生み出した無数の線状の表現に代え、上記したような作品へと繋げたのである。そのような何段階かの表現の抽象化を経ることによって、様々な事象を暗示するような要素を導いたのであろう。
国立国際美術館 主任研究員 中井康之